社会保険労務士は独立開業できる国家資格ですが、社労士のなかには開業するのではなく、社労士の専門性を活かせる企業や団体に所属している勤務社労士が多くいます。
資格を取ることを奨励し、資格手当を支給する企業もあります。
私も一般企業の人事部に所属しながら資格勉強をして、社労士試験に合格しました。
社労士は独立しなくても、ビジネスパーソンとしてのキャリアに活かすことができる資格です。
ここでは、勤務社労士の一般企業での仕事内容と役割、メリットについて解説していきます。(社労士事務所に勤務する社労士については、別の記事でご紹介します。)
勤務社会保険労務士とは?
勤務社会保険労務士とは、「勤務」の区分で登録している社会保険労務士の資格者のことです。
社労士事務所や一般企業、コンサルティング会社などに勤務しています。
社労士の実態調査(全国社会保険労務士会連合会)によると、勤務社労士の勤務先業種は割合の高い順に、次のとおりとなっています。
- 社労士事務所または社労士法人
- 製造業
- 金融・保険業・不動産業
- サービス業(上記以外)
- 公務
- 医療・介護・福祉
- 卸・小売業
- 情報通信・IT
- 土木・建設業
- 士業(社労士を除く)事務所
- 運輸業・郵便業
- 健康保険組合、年金事務所
- 教育・学習支援業
- 人材派遣業
- 政治・経済・文化団体
- その他
(全国社会保険労務士会連合会「2024年度社労士実態調査」より)
社労士は労務管理のアドバイスや指導、労働・社会保険に関する法令に基づき書類作成などを行うことが主な業務です。
勤務社労士のうち社労士業務に従事しているのは65%ほどとなっています。
開業社労士との違い
勤務社労士は開業社労士のように独立して事務所を開設することはせずに、組織の一員として働きます。
項目 | 勤務社労士 | 開業社労士 |
---|---|---|
雇用 | 企業・団体に雇用される | 自ら事務所を開業 |
業務 | 企業内の労務管理、社保手続き、人事制度設計など | 企業からの依頼で社保手続き・労務コンサルなど |
責任 | 企業の社員として業務を遂行 | 自己責任で業務を遂行 |
収入 | 給与制 | 事業収益 |
企業に勤務する社会保険労務士の仕事内容
勤務社労士の業務は勤務先や所属部署によって変わってきますが、主に次のような領域の業務を行っています。
労務管理に関する業務
労務管理は、適切な就業環境を整えるために欠かせない業務です。
- 就業規則の作成・改定
- 36協定の締結・届出
- 勤怠・労働時間の管理
- 勤務時間制度の見直し(フレックスタイム制、裁量労働制など)
- 法令に基づく企業内規程の整備
労働・社会保険に関する業務
従業員に関する保険手続きの業務を行います。
- 健康保険・厚生年金の加入・喪失手続き
- 労働保険(雇用保険・労災保険)の申請
- 育児・介護休業に関する給付金申請
- 年度更新・算定基礎届の作成・提出
人事制度の設計・導入
企業の成長には、公正で透明性のある人事制度が不可欠です。人事戦略に関わる業務を担うことで、企業の生産性向上をサポートします。
- 給与制度・評価制度の設計
- 人事制度の変更・導入
労働問題・トラブル対応
法令遵守を徹底しながら、労働問題を未然に防ぐ取り組みを行います。発生してしまったトラブルを迅速に解決することも重要な業務です。
- 退職・解雇に関すること
- 欠勤に関すること
- 休職満了に関すること
- パワハラ、セクハラ、マタハラ
- 在宅勤務に関すること
- 短時間勤務に関すること
- 内定取り消し・辞退に関すること
- 有期雇用契約に関すること
- 労働派遣契約に関すること
- 外国人採用に関すること
- アルバイトに関すること
企業に勤務する社会保険労務士の役割
勤務社労士は、企業の成長に必要となる経営資源のなかで、「人」に関わる業務をそれぞれの職場で担当します。
職場ごとの社労士
役割①
✓人事部門の社労士
人事部門の社労士は、労務管理や人事制度の運用を中心に担当します。
社員の入退社に伴う社会保険手続き、給与計算、就業規則の作成・改定、労働時間管理などが主な業務です。経営層と連携して、人事戦略に関与することもあります。
人事部門に所属することで、企業の実態に即した労務管理を学べるので、労働関連の知識を実務に活かしながらキャリアを築くことができます。
将来的には人事マネージャーや人事部門の責任者として昇進の道もあります。
役割②
✓総務部門の社労士
総務部門の社労士は、企業全体の運営を支える視点で労働環境の整備、社内規程の管理などを幅広く担当します。
具体的な業務としては、労働基準法や安全衛生法に基づいた職場環境の整備、災害時の労災手続き、社内ハラスメント防止策の策定などがあります。
総務部門は、企業の管理業務全般を担当するため、幅広い法務・庶務の知識を身につけることができます。
業務範囲が広いので、社労士としての専門性に加えて、組織全体を見渡すスキルが求められます。
役割③
✓給与部門の社労士
給与計算は企業で必ず発生する業務です。 システム化やアウトソーシングを行う企業も増えていますが、社内の専門家として知識を活かすことができます。
正確な給与計算は従業員のモチベーション維持に直結するため、法令に基づいた適切な対応を求められます。
主な業務として、基本給・残業代・各種手当の計算、所得税・住民税の控除処理、社会保険料の徴収および納付を行います。
年末調整や賞与計算、退職金制度の管理なども重要な業務です。
役割④
✓人材部門の社労士
人材部門は、従業員の採用・育成・キャリア支援を担当する部署であり、ここで勤務する社労士は、採用から人材開発、適正配置など人事戦略の立案と密接にかかわっています。
社員研修プログラムの構築、人材開発施策の立案など、人材マネジメントに関する業務に携わることが多くなります。
役割⑤
✓人材業界の社労士
人事系のコンサルティング会社では、クライアント企業の労務管理や人事制度設計を支援する業務を担当します。
企業のニーズに応じて、組織運営の最適化など、多様な課題に対応します。
人材派遣会社、人材紹介会社などではあらゆる職種で知識を活かした業務ができるでしょう。社労士の資格あれば、より専門的な業務を任されるようになる可能性があります。
企業の勤務社会保険労務士になるには
まず、社会保険労務士になるために、社労士試験に合格する必要があります。
試験に合格して、社労士会の社労士名簿に登録を受けると、正式に「社会保険労務士」として活動できるようになります。
勤務社労士の登録をする
社労士の登録と同時に都道府県社労士会の会員になります。企業や団体に所属する社労士は「勤務登録」の会員区分で登録します。
登録はせずに専門性を活かして業務をしている試験合格者も多いと思います。
- 入会予定の社労士会に登録申請書を提出
- 都道府県社会保険労務士会:受付、審査
- 全国社会保険労務士会連合会:審査、社労士名簿・証票の作成
- 登録完了後2週間程度で証票を発行
登録については、「社会保険労務士試験に受かったらする3つのこととは?」の記事でご紹介します。
勤務社労士になるメリット
企業内での業務は社労士資格を持っていても、他の社員と大きくは変わりませんが、人事労務のスペシャリストとして、専門知識を組織内で活用することができます。
①安定した収入と雇用環境がある
勤務社労士は企業の社員として働くため、毎月安定した給与を得られます。
開業社労士とは異なり、営業活動をする必要がなく、社会保険や福利厚生も受けられます。
②労務の実務経験を積める
企業内で実務を経験できるため、労務管理のスキルが向上します。
特に大企業では、法令や人事制度の実践的な知識を身につける機会が多く、キャリアアップにつながります。
③企業内でのキャリアパスが広がる
勤務社労士として経験を積むことで、人事部門での昇進や一定の経験を積んだ後に開業社労士として独立する道もあります。
勤務社労士の年収
実態調査の結果では、「300万円以上600万円未満」の割合が最も高く、次いで「600万円以上900万円未満」の割合が高くなっています。
年収 | 割合(%) |
---|---|
収入なし | 3.5 |
300万円未満 | 16.8 |
300万円以上600万円未満 | 38.0 |
600万円以上900万円未満 | 25.0 |
900万円以上1200万円未満 | 10.7 |
1200万円以上1500万円未満 | 3.4 |
1500万円以上2000万円未満 | 1.5 |
2000万円以上 | 0.9 |
(全国社会保険労務士会連合会「2024年度社労士実態調査」より)
勤務社労士の可能性
雇用や働き方が多様化、複雑化するなかで、企業内で社労士の専門性を活用できる業務はさらに拡大していくでしょう。
- 雇用の多様化によるニーズ
雇用形態や社員の国籍が多様化し、労務管理が複雑化しています。
→企業内に専門家として社労士がいることで、コンプライアンス違反のリスク軽減が期待されます。 - 労働環境の変化によるニーズ
テレワークやリモートワークの普及により、労務管理の方法が難しくなっています。
→専門知識を持つ社労士がいることで、迅速かつ的確な対応が可能になります。 - 戦略的な人事労務としてのニーズ
労務管理は単に人的な管理ではなく、従業員の生産性向上や働きやすさなど企業価値やイメージに大きな影響をもたらします。
→勤務社労士は、専門性を活かして経営戦略にも貢献することができます。
まとめ|企業内の勤務社労士は社員としての働き方
いかがでしょう。勤務社労士として働くイメージはできそうでしょうか。
企業内の業務は資格がなくてもできますが、社労士の知識をベースに適切な対応ができることが増えれば、信頼され安心して仕事を任せてもらえるようになります。
結果として評価アップにもつながっていくはずです。働き方は多様化していますので、働く人に関する問題が減ることはないでしょう。
勤務先の事業や規模によって、専門性の活かし方も変わってくると思いますが、目指すキャリアの参考になれば幸いです。
人材業界からの転職については、こちらの記事でご紹介します。

参照:全国社会保険労務士会連合会